ゲームUXの社会実装
ビジネスにゲームUXを加えると、何が変わるのか?
「何を買っても品質はだいたい同じ」「結局のところ、どの商品を買っても大差はない」。果てない企業間競争の終着点として、多くの生活者はそう実感しているとも言われますが、本当でしょうか。生活者は新しい価値、楽しさを今でも求めていて、企業がそれに応えられていないだけではないのでしょうか。
ゲーム開発の国内最大手・セガのグループ会社であるセガ エックスディーは、ゲームによって得られる楽しさ・情緒的価値を、一般ビジネスにおけるUX(ユーザー体験)にも応用する──言わば「ゲームUX」の取り組みを拡大しています。ゲームUXの可能性について、セガ エックスディー 伊藤真人氏と電通デジタル 松本勇輝が、具体的な事例を交えて解説します。
※本記事は、2022年12月に開催されたウェビナーを採録し、編集したものです。
※所属・役職は記事公開時点のものです。
「ゲームUX」を社会課題の解決に役立てる
伊藤 : 世の中に情報が溢れ、商品やサービスが同質化し、価格競争にも限界がある中、情緒的な「したくなる」「つかいたくなる」価値が求められています。
「情緒的な価値」を付加する一手法として、ゲームUX(ゲーム的なユーザー体験)があります。最初に実例として、ゲームUXで避難訓練を「したくなる」体験に変えてみた事例を紹介します。
意義は理解していても、どうしても避難訓練は受動的に「やらされている感」が強いものです。私たちは、2021年、ある地方自治体で、ゲームUXを使って「やりたくなる避難訓練」を作ることにチャレンジしました。
クリアすべきミッションを作り、ゲーム的な体験をしてもらったところ、大変好評でした。楽しさの一方で、防災に対する意識もしっかりアップリフトしていることがアンケートなどから確認できました。やはりこうしたゲーム的なユーザー体験──つまり「ゲームUX」が、社会的に求められているのだと思います。
良いゲームUXの条件とは
伊藤 : ゲームUXをどう社会実装するかを議論する前に、「良いゲームUXとは何か」を考えてみましょう。
私はゲームの定義を「制約条件と勝利条件が定義された相互性のある機構」だと捉えています。
じゃんけんを例に考えてみますと、グー、チョキ、パーの3種類しか出せる手がないというのが「制約条件」。対戦相手がいて、3種類の手をどれかを使ってしか勝てないというのが「勝利条件が定義された相互性」にあたります。
ゲームが「良いゲーム(UX)」となるには、さらに3つの要件───「直感のデザイン」「成長のデザイン」「記憶のデザイン」が必要です。
より具体的には、面白そうであること、やっているときに面白いと感じること、終わった後に「面白かったからもう1回やりたい」と思わせること、この3つです。
一般的なじゃんけんは、ゲームの原理的定義を満たしていますが、すごく面白いゲームではありません。だったら、じゃんけんを繰り返し遊ぶことで、成長できるという感覚をルールとして織り込んだら、もっと面白くなるのではないか? そうした発想がゲームUXをより良くするために必要な観点です。
株式会社セガ エックスディー 取締役執行役員 COO
伊藤真人
ゲームプランナーとしてキャリアをスタートし、現在はゲーミフィケーション事業を展開する同社で主にCXデザインを担当(HCD-Net認定 人間中心設計専門家)。
じゃんけんを「ゲームUX」的思考でアップデートしてみよう
伊藤 : 実際に、じゃんけんのアップデート版を考えてみます。
松本 : 鬼ごっこというゲームでは、体力の有無が勝ち負けに影響します。じゃんけんにおいても、運任せではない何か、例えばフィジカルなものを入れるのはどうでしょうか?
伊藤 : じゃんけんで3回勝ったり、あるいはあいこになったりしたら、バク転しないと次の手が出せないとか(笑)
松本 : あいこが出た瞬間に叫んで、声が大きかったとほうが勝ち、ではどうでしょう。
伊藤 : それだと瞬発力などのフィジカル要素が入ってきますね。実際にやってみると、これは「グリンピース」というじゃんけん(じゃんけんの手で勝ってもそのままスルーして、あいこになったときに先に「ドン!」と言った方が勝ち)にちょっと似ていますね。
松本 : 実際にやってみると、いつ終わるかわからないハラハラ感、あいこで叫ぶ瞬間の「ワッ」という感覚がなかなか楽しいですね。あと、じゃんけんの手で勝ったときに間違って叫んだときは「お手つき」でしょうか。新しいルールが生まれました。
伊藤 : ルールが1つ加わると全く違う面白さになることもあります。ここではじゃんけんを例に考えました。ゲームUXを良くする上での1つの例として、参考にしていただきたいと思います。
BIRD部門 サービスイノベーション事業部 サービスデザイン第1グループ
松本勇輝
コピーライター/プランナーとしてWeb制作、マーケティング施策、プロダクト開発などに携わる。起業、新規事業開発に従事した後、2020年に電通デジタルに参画。
ゲームUXを構成する8属性&72要素
伊藤 : ゲームUXは、ゲームに慣れ親しんでいる方でないと、現実的なレベルのアイデアを生み出すのは難しいです。そこで私たちは、「属性(プロパティ)」と「要素(ファクター)」というフレームワークを用意しました。
人間が動く、行動を起こすための要因が「属性」です。8つあります。
この8つの属性を、それぞれ9つずつに細分化したのが「要素」です。例えば図の左上、「進捗可視化」は「進展性」属性の中の1要素、という対応になっています。
72の要素のうち、どれかをじゃんけんのルールに加えてみましょう。
「忌避性」属性の1つである「カウントダウン」要素はどうでしょうか(6列・7行目)。手を決める時間に明確な制限がかかることになるので、相性はかなり良さそうです。
「未解決問題」(1列・6行目)という要素は、区切りを付けさせず、延々と集中させるという意味。テレビゲームの「ぷよぷよ」のように、パズルのピースがどんどん落ちてくるのが良い例です。もし、じゃんけんに「未解決問題」要素をプラスすると、とてつもなく速くじゃんけんをすることになるでしょう。
ありふれたスタンプカードを、ゲームUXはどう変えられる?
伊藤 : 実際にゲームUXを社会実装するには、現実のビジネス課題・社会課題にどう適用させるかが重要です。
松本 : スタンプカードで考えてみると、どうでしょうか?
伊藤 : 例えば「貯めるべきスタンプ数が多い(6個以上)」や、「スタンプハードルが高い(スタンプを1個押すのに1万円の買い物が必要)」という設定だと、難易度が高すぎて頑張れませんよね。
松本 : マイルストーンの置き方が悪い、ということですね。
伊藤 : はい。あとアプリにスタンプカード機能が入っている場合、いつの間にかスタンプが押されているというのも、ゲームUX的にはちょっともったいない話です。「お知らせが届いて、実際にそれを開くとスタンプが押されるアニメーションが見られる」などにしないと、お客様側は「フィードバックがない」と感じてしまいます。あと、スタンプがゼロでスタートするのも良くないです。
松本 : 最初から1個押してあれば、スタンプカードを作った時点で資産を持ったと感じ、もったいなくてスタンプを埋めたくなるということですね。
伊藤 : まさにそうです。定期的に、期間限定でスタンプ2倍や5倍といった企画を実施するのも効果的です。お客様が特別感を感じてくれます。
松本 : 段階的な会員ランク制・ステータス制も、よくみる施策ですよね。
伊藤 : 買い物額に応じたランク制・ステータス制などを導入するなら、最低ランクから1ランクアップさせるのは簡単にしたほうが良いですね。「お客様は平等だから」と、ランクアップの難度をどのランク間でも同じにするケースもあります。しかしゲームでは、最初のうちは簡単にレベルアップさせ、レベルが高くなるほどレベルアップに時間がかかるようにします。
松本 : 「月に1回以上買い物する」程度でも、ハードルが高く感じるお客様もいらっしゃる。ですので、1回買い物したら最低ランクからは1つ上がるぐらいで良いということですね。
伊藤 : ランク制で一番ダメなのは「何年以上使ったらランクアップ」です。時間は何をやっても早められません。もちろん、他の条件との組み合わせにもよりますが。
松本 : 例えば、経年によって得られるランクアップを「有効期限が切れて、1回元に戻ったら、もう1度上がるのはすごく大変」だと思わせるのはありかもしれませんね。
お客様の体験にもっとエンターテインメントを
伊藤 : 今回紹介したスタンプカードやステータスの例は、「ゲームそのもののように見える。自分の会社には関係ない」と思われるかもしれません。ですが「心が思わず動く体験」というのはゲームやエンターテインメント業界だけの話ではありません。社会課題の解決においても必要だと、私たちは考えています。
ゲームUXはただの娯楽ではなく、“社会のためのエンターテインメント”であるべきです。最後に当社の話になってしまいますが(笑)、私たちのビジョンに共感していただき、ともにエンターテインメントを社会に実装していく仲間を探しています。興味をお持ちいただいた方は、ぜひご連絡ください。
PROFILE
プロフィール
松本 勇輝
コピーライター/プランナーとしてWeb制作、マーケティング施策、プロダクト開発などに携わる。起業、新規事業開発に従事した後、2020年に電通デジタルに参画。
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