OAメーカーからデジタルサービスの会社へと変革 人は人にしかできない創造的な仕事を。リコーのDXで「“はたらく”に歓びを」の実現を目指す

電通デジタルが訊く~変革文化を生み出す日本流DX~リコー

DXの本質は、継続的な事業成長に向け、自らが変わり続けていくこと――。DXによる組織変革を実現する国内企業に電通デジタルがインタビューをし、成功のカギを探る「変革文化を生み出す日本流DX」。第3回は、「“はたらく”に歓びを」のビジョンを実現するべく、OAメーカーからデジタルサービスの会社に大きく転換を進めているリコーのコーポレート上席執行役員 田中豊人氏に、電通デジタル執行役員の安田裕美子氏が迫った。

「日経ビジネス電子版Special」(2023年3月28日公開)に掲載された広告を転載  別ウィンドウで開く
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創業の精神である三愛精神を掲げデジタルサービスの会社へ転換

リコー・田中豊人氏(以下、田中):当社は、1936年に創業し、46年には創業者の市村清が創業の精神として「三愛精神(人を愛し、国を愛し、勤めを愛す)」を掲げています。そのときからすでに、今のSDGsでうたわれている「持続可能な社会づくり」に責任を果たすことを、企業の理念として明確に盛り込まれていたのです。この三愛精神は社員にも深く浸透しています。

 そして、2036年に当社は100歳を迎えます。そのときに実現したいビジョンとして掲げているのが「“はたらく”に歓びを」というものです。もともと当社は、「機械でできることは機械に任せ、人はより創造的な仕事に」という意味で、「OA(オフィスオートメーション)」を提唱した会社でもあります。そしてこれからは、効率化や生産性向上の先にある提供価値として、お客様が「はたらく歓び」を感じることのお手伝いをしていきたいと考えています。そのための手段として、デジタルやデータを使いこなし、ソリューションを提供する会社にならなければいけないと考えています。つまり、OAメーカーからデジタルサービスの会社への転換を目指しているのです。

電通デジタル・安田裕美子(以下、安田):御社がデジタルサービスの会社を目指すと宣言されたとき、非常に強いシンパシーを感じました。こうした大転換をする際には、パーパスを作り直す会社も多い中、御社の背景にはかなり骨太なストーリーがすでに存在しているのがよく分かりました。

 ただ、こうしたストーリーへの深い共感もある一方で、今、社員の皆さんを突き動かしているのは、 ディスラプト(破壊)されるかもしれないという危機感もあるからなのでしょうか。

田中:コロナ禍により多くの方がオフィスに行かなくなったことで、ペーパーレス化も急速に進み、プリントする機会が少なくなりました。当然、当社の売り上げも減少。そこで社員は、本当に変わらなければいけないのだと腹落ちしたと思います。もちろんトップからのコミュニケーションは続けていますが、こうした危機感の共有は強制できるものではないですね。

安田:私は「真綿の危機感」と呼んでいるのですが、コロナ禍の前は、デジタルの変化がじわじわ来ているという感覚だったと思います。しかし、突然のコロナ禍に見舞われ、一気に真綿が締めつけられましたよね。多くの人々が、変わらなければいけないと実感したと思うのです。

田中:私自身、一度大きなトランスフォーメーションを経験しています。昔、写真フィルムメーカーで写真事業を20年ほどやっていましたが、デジタルカメラや携帯の進化によって、あっという間にフィルム事業がなくなっていきました。これは個人的な体験として非常に強く私の中に残っています。

 これからは、働き方やオフィスのあり方も変化し、個人と会社の関係も変わっていくでしょう。しかし、その時間軸は誰にも分かりません。当社が強みを持っている今のうちに、我々自身が変わっていくことで、お客様と共に成長していきたい。学び続ける組織、学び続ける個人が非常に大事だと思います。


5つのEnablerでDXを推進。「企業風土と人材」がカギ

安田:21年4月に御社はデジタル戦略部を発足しました。この目的を教えてください。

田中:カスタマーサクセスをすべての中心に据えた上で、お客様の課題解決に向けデジタルを活用して実現する。これを全社を挙げて実行するために作った組織です。これまで部署ごとにバラバラだった体制を統一するため、「3つの重要事項」と「社内外の効果・成果」として体系的にまとめました。それが「1:企業風土・人材」「2:デジタルインフラ基盤整備」「3:データ基盤整備と利活用促進」「4:社内プロセス変革・効率向上」「5:カスタマーサクセス 新たな顧客価値創造」です。我々は5つのEnabler(ある事象の成功・目的達成を可能にする人・組織・手段)と呼んでいます。

安田:現場に入り多くの社員と対話した上で、まとめていかれたと思うのですが、とくにEnablerの1つ目として「企業風土・人材」を持ってきているところがとても興味深いです。

田中:やはりこれが1丁目1番地であり、すべての基盤だと思っています。とはいえ、すぐに成果が出るものではないので、まずは対話の場を作りました。各事業部側にDX推進責任者というポジションを作り、一緒にやるべきところ、個別でやるべきところを毎月すり合わせしています。また、そこで出てきたテーマごとに分科会を作り、事業の垣根を越えた会議も行うようになりました。これまでの縦割りでは難しかった、ノウハウの共有ができる文化が生まれてきています。

Enablerの1つ目は「企業風土・人材」。やはりこれが1丁目1番地であり、すべての基盤だと思っています

安田:伝統的なものづくりの会社では、品質を担保するためにも、意思決定が重層構造になりがちだと思います。そうした部分での改革も進んでいるのでしょうか。

田中:確かにそういう部分が残っている面は否めません。ただ、我々はアジャイルやデザイン思考を徹底的に取り入れていこうとしています。その上で責任と権限はより明確にしていく。このチャレンジを続けていくしかないですね。

安田:デジタル人材の育成も、重要なテーマですよね。

田中:デジタル人材は、AIやセキュリティ、クラウドなどといったIT技術を持つ「デジタルエキスパート」と、デジタルを使って事業や顧客の価値創造に貢献する「ビジネスインテグレーター」の2つの体系を初めに定めました。

 まず行ったのは、社員のスキルの可視化と社員のマインド面の適性を測るDX資質適性調査です。このおかげで、どの部門にどんなスキルを持つ社員が何人いるのかが分かるようになり、また社員それぞれの資質に合った学びを提案できるようになりました。あるべき姿を目指すにも、現状とのギャップが可視化されないと、どうしたら良いかが見えてこないので、ここはかなり丁寧に進めましたね。

 こうした学びを加速させるためにデジタルアカデミーも立ち上げ、全社員のスキル向上と、より専門能力に磨きをかけるための両軸で運営しています。ただ、いくら学んだとしても、それを実際にビジネスでドライブできる人材に育てなければ意味がありません。学んだ内容をOJTプログラムで実践するコースも用意しています。

安田:社員の皆さんは、会社のやりたいことと個人のやりたいことが一致しているからこそ、組織にいてくれるわけですよね。なので、企業としては働きやすさなど「well-being(ウェルビーイング)」も重要ですが、加えて「will-being(ウィルビーイング)」の重要性も痛感します。個人の意志を引き出し、変革に臨み続ける組織でないと生き残っていけないのではないでしょうか。

田中:まさにそうですね。だからこそ当社は、我々の存在意義として三愛精神を脈々と大事にしてきているのです。私もそうですが、このコアとなる精神に共感して入社した社員も多いと思います。三愛精神を大事にした上での自律型人材が必要です。そして、目指すべき方向を一致させることが大切だと思います。

 こうした働き方改革を我々自身も実践しますが、お客様にも提供していきたいと考えています。お客様の会社の皆さんが創造性を存分に発揮できるようになってもらいたい。そのために、我々は何をしなければならないのかを考えざるを得ませんよね。


リアルとデジタルの強みを生かし「“はたらく”に歓びを」を実現する

安田:「社内外の効果・成果」として掲げられているEnabler4の「社内プロセス変革・効率向上」についても教えていただけますか。

田中:これは、デジタルを活用してワークフローを最適化し、新しい仕事のやり方を定着させることを目指しています。

 例えば、間接部門のオペレーション業務をやっている人たちに、デジタルで業務を可視化し、RPAで自動化するといったことをやってもらっています。これを「プロセスDX」と名付け、そのスキルレベルごとにランク分けしました。この社内の実践を、ゆくゆくはお客様に対してコンサルできるレベルまで持っていこうと考えています。今は間接部門だけでなく、他の部門にも横展開しているところです。

安田:そして、Enabler5は「カスタマーサクセス 新たな顧客価値創造」ですが、これが御社にとってとても大事な部分になってきますよね。

田中:デジタルサービスの会社を目指して変革を続けた結果、国内販社のリコージャパンの21年度の売り上げ構成ではオフィスサービス事業の割合が48%にまでなりました。当社の強みは、多くのお客様と直接接点を持っていることです。たとえばリコージャパンは日本全国に429ものサービス拠点を持っています。この「リアルな顧客接点力」があることで、デジタルで困っているお客様に寄り添うことができます。

 こうした営業データが日々続々と蓄積されており、そのデータを解析し、リアルとバーチャルを組み合わせたサービスを展開できるのが、当社ならではの強みと言えるでしょう。

安田:確かにリアルに顧客接点を持つセールスパーソンが多くいるというのは、むしろ今だからこそ活きる強みですよね。

確固たるミッションを持ち、自身の強みを生かした変革。一朝一夕にはできないものがありますね

ただ、従来のモノ売りのほうが効率が良かったなどと考える方もいらっしゃるかもしれません。そういったマインドセットを変えてもらうには、何が必要なのでしょうか。

田中:それはやはり、変化を体感できるような成功事例をいかに作るかだと思います。今まで自分の勘や経験でやっていたやり方と比べて、データを活用した提案をしたところ、お客様がすごく喜んでくれた、それに加えて自分の営業成績も上がったなどです。全体の戦略を描きながらも、こうした現場の良い実例を一緒に作っていくことに尽きると思います。

安田:お客様は自分のものではなくて、みんなでサポートするもの、というようなカルチャーを醸成すると同時に、評価制度を変えていく必要もありますね。

田中:「共創」という言葉がよく使われていますが、社内で一番得意な人に聞いてみる、ある部署でのミスを他の部署でしないようにするなど、データを活用したナレッジマネジメントを仕組み化することが大切です。

 また、当社の販売会社の皆さんが素晴らしいのは、お客様から担当者の名前が出てくるところです。「御社にお世話になっている」ではなく、「御社の◯◯さんにお世話になっている」と言うのですよね。データを活用しながらも、この強みはぜひ生かしていきたいと思っています。

安田:ナレッジマネジメントの仕組み化が進むことで、自分のデータが他の社員にも貢献していることが分かる。そしてお客様に良い反応をもらうことで、社員の皆さんのモチベーションも上がる。社員同士での共創でもあり、お客様との共創でもあるわけですね。

田中:人は誰かに喜んでいただくことで自らも喜びを感じることがあると思います。「誰かの役に立ちたい」を解放できれば、「“はたらく”に歓びを」を実現できるはずです。これをいかにデジタルやデータを使いこなして会社として実行するかが、大事だと思っています。

安田:そう言うプリミティブな部分が、最終的には仕事のやりがいにつながっていくのですね。

電通デジタル's EYE

コロナ禍において、厳しい逆風にさらされてしまったリコー。しかし、その危機を乗り越えるため、大変な社内改革を進めたであろう田中氏の柔らかな語り口がとても印象的でした。創業の精神である「三愛精神」と「“はたらく”に歓びを」というビジョンを掲げ、それが社会課題解決につながっているというストーリーが存在し、それが社員の皆さんに浸透している。こうした企業は非常に強いなと感じました。さらに、社員の93%が「それが働きがいにつながっている」と認識しているそうです。「デジタルを使って、『誰かの役に立ちたい』を解放する」との田中氏の言葉に、すべてを包含したDXの本質を見た気がしました。(安田)

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