日本企業が持つ過去の成功体験もリスペクト 価値観の違いを尊重し合う 「バイモーダル」がDX推進の鍵
電通デジタルが訊く~変革文化を生み出す日本流DX~クレディセゾン
DXの本質は、継続的な事業成長に向け、自らが変わり続けていくこと――。DXによる組織変革を実現する国内企業に電通デジタルがインタビューをし、成功のカギを探る「変革文化を生み出す日本流DX」。第4回は、安定性を重視する「モード1」と、時代の変化に素早く対応する「モード2」のどちらも適用した「バイモーダル*戦略」で全社的にDXを推進する、クレディセゾン 取締役(兼)専務執行役員CDO(兼)CTOの小野和俊氏に電通デジタル 副社長執行役員の小林大介が迫った。
*バイモーダル:安定性や効率性を重視する「モード1」(System of Record[SoR]、守りのIT)と、スピードや柔軟性を重視する「モード2」(System of Engagement[SoE]、攻めのIT)という“2つの流儀”に大別し、それぞれ目的に応じて使い分ける考え方として、米国のIT調査会社ガートナーが2015年に提唱。
「日経ビジネス電子版Special」(2023年5月29日公開)に掲載された広告を転載
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破壊的創造から協調的創造へ。
電通デジタル・小林大介(以下、小林): 小野さんは、2019年にクレディセゾンに入社されてから、この4年間で様々な変革を実行されてきたと思います。その中で一番の本質的な変化は何だったとお考えでしょうか。
クレディセゾン・小野和俊氏(以下、小野): この4年間は、2年ずつの2つに分けられると考えています。
最初の2年は、社内に新しいマインドセットを持ち込むことに取り組んできました。日本企業が世界の中でその存在感を失っていったのは、産業革命にも匹敵する大きな変化であるアフターデジタルの時代に、それを前提とした事業の再設計ができなかったのが原因です。当社も73年の歴史がある中で、これまでの成功体験をつくり上げてきた法則がありました。しかし、現在のデジタル時代の成功の法則は、それとはまた違うものですよね。環境変化が激しい中では、アジャイルで小さく始めて、失敗するなら早めに失敗した方が良いのです。そうしたアントレプレナーシップをインストールしてきたのが最初の2年でした。
後半の2年で、CIOとして実行したのが、IT部門全体の改革です。IT部門は、かつては「手作業だったものを自動化してくれる魔法使い」のようにもてはやされていた時代もありました。それが、いつの間にか「動いて当たり前、何か問題が起きたら責任を問われる」というような、こわばった雰囲気になってしまいました。もちろん我々は金融業なので、そうした要素も必要ですが、それだけではダメで、よりクリエイティブにならなくてはいけない。なので、内製力を強化し、もともと私がスタートアップでやっていたようなアプローチをIT部門全体に浸透させていったのが、後半の2年と言えます。
小林: デジタル時代に合わせたマインドセットをインストールする。そのインストールしたものをIT部門全体に広げていく。そんな4年間だったということですね。その際に、一番苦労されたポイントはどんなところでしたか。
小野: これまでの考え方を「モード1」、デジタル時代の考え方を「モード2」とすると、モード1を否定するのではなく、尊重しながら進める「バイモーダル」での取り組みがカギとなりました。かつての成功体験は絶対にリスペクトするべきですし、その礎があるからこそ、我々は今、新しいことにチャレンジできているのです。
かつての成功体験は、絶対にリスペクトするべきです。
バイモーダルと本気で正面から向き合うことが重要になります
ただ、IT部門の中ですら、モード1的な「安心・安全・確実」を重視する価値観と、モード2的な「スピード・アジリティ・柔軟性」を重視する価値観が、真っ向から対立してしまうこともあります。よく私は「破壊的創造から協調的創造へ」と言うのですが、お互いの良さを認めつつ、新しいやり方を試してみる。この調整役である「ガーディアン」が重要になってきますね。
小林: そうしたガーディアン的な存在はどのように育つものなのでしょうか。
小野: 最近は、私以外にもガーディアン的な動きをしてくれる人が増えてきたと感じています。当然、人間は単純に二分されるものではありませんよね。私がお手本を見せて、育ててきたということではなく、バイモーダルで新しいやり方を試していく中で、そこに宿る合理性をお互いが体感していき、理解を深めていったということだと思います。特殊な教育が必要なわけではないのです。
小林: なるほど。モード1派とモード2派の対立を、ガーディアンがとりなすというよりも、お互いの理解が浸透していくことで、自然とガーディアン的な人も増え、協調的創造が成立していくということですね。
「体験の力」と「HRTの原則」で価値観の対立を克服する
小林: しかし、ITスタートアップの経営者だった小野さんは、もともとは「モード2派」だったかと思うのですが、現在のバイモーダル思考に至った原体験のようなものはあるのでしょうか。
小野: 私は2013年に自身の会社のM&Aによって、セゾン情報システムズに入社したのですが、主力製品のデータ連携プラットフォーム「HULFT(ハルフト)」はまさにモード1の思想で作られたシステムでした。私が当時のトレンドに対応するための機能改善を提言しても、製品チームは非常に保守的でなかなか取り入れてくれず、最初はその姿勢にストレスも感じました。
しかし、お客様の声を聞くと、その確実性や堅牢性に対する信頼は驚くほどのレベルで、「とにかくそこを大事にしてくれ」と言われるんです。それによってこの製品や、それを支えるモード1的な考え方へのリスペクトが生まれ、日本企業が決して捨ててはいけないコアコンピタンスの一つだという考えに至ったのです。
小林: 小野さんのバイモーダル思想には、そういう背景があったのですね。しかし、それを会社の中に浸透させていくのは、やはり難しいと思われます。
小野: はい、ポイントは2つあると思っています。
1つは「体験の力」を武器として使うということです。いくら言葉で言われて頭で分かったもりでも、肌感覚ではよく分からない、ということがよくありますよね。実際の体験の情報量に勝るものはないのです。なので、まずは実践してみせて、体験の情報量の多さによって理解を促進していくことが大切だと思っています。
もう1つが、Googleのエンジニアが実践している「HRTの原則」です。 「H(Humility:謙虚)」「R(Respect:尊敬)」「T(Trust:信頼)」ですね。文化的な対立は頻繁に起きるので、常々「『HRTの原則』を守ろう」と伝えています。最近、ずいぶん浸透してきたと感じており、ダイバーシティを備えた組織をつくる上では、とくに重要な考え方だと思います。
デジタル技術の民主化で、CXとEXを改善する
小林: 2023年からCDOのお立場も加わり、次のチャレンジをどのようにお考えですか。今後の夢や野望についてお聞かせください。
小野: 次の2年でやりたいことは、事業にデジタル技術を利活用することの民主化です。そのためには、やはり「体験」が重要なので、近々、社長を含めた役員全員を対象とする「ノーコード・ローコード ブートキャンプ」を実施します。
小林: それは素晴らしいですね。経営トップ自らが体験する、と。
小野: 例えば、紙の申込書などが残っている部分を、ノーコード・ローコードを使って全部自動化したいと考えています。そうした現場の改善は、プログラマーじゃなくてもできるということをまず役員に体験してもらいます。それによって、事業部全体に「デジタル活用は自分でできる」と感じてもらえるようにしたいのです。ノーコード・ローコードで、事業部が自分たちで内製できるようになれば、現場のことが分かっているからこそ、本当に必要な改善が可能になるでしょう。
もちろん、IT部門の内製チームも拡大させていきます。この2年でデジタル人材を1000人規模にする計画を立てており、会社全体をデジタル化していくのがミッションです。こうしたITの民主化が、今後2年のチャレンジになりますね。
小林: その民主化を通して、お客様に対し、どのような新しい価値を生み出していこうとしているのでしょうか。
小野: デジタルで、カスタマーエクスペリエンス(CX)とエンプロイーエクスペリエンス(EX)を、より良くしていきたいと考えています。やはり業歴が長い分、改善余地が大きい。
例えば、住宅ローンの契約などはまだまだ紙でやらなければならないことが多いのですが、社内プロセスを改善することで、ローン審査の時間を短縮できるはずです。これはCX、EXの両方の改善に直結します。
クレジットカードの不正利用の未然防止も、お客様の安心を担保するという意味で、CXの重要な要素です。従来は8割ほどだった未然防止率が、現在は9割強に上がっており、さらなる改善を目指しています。それによって補填も減少するので、会社の収益改善にも直結します。ITの民主化により、現場レベルでのCX、EXの改善もより見込めるようになるでしょう。
出島戦略ではなく、本丸自体を変革する
小林: 日本の、とくに大企業におけるDXの現在の状況を、どのように見ていらっしゃいますか。
小野: コロナ禍でリモートワークが当たり前になったからといって、DXが本質的に進んだわけではありません。デジタルを競争力として事業のど真ん中に取り入れることができなかったことが、いま日本企業が苦しんでいる一番の原因であり、DXが遅れていると言われる理由でもあると思うのです。
よくデジタル戦略子会社のような組織をつくる「出島戦略」のようなものがありますよね。本社との処遇やカルチャーの違いを吸収する上では有効だと思いますが、インパクトが局所的なものにとどまってしまう可能性もあると思うのです。当社でもデジタル戦略子会社をつくるという選択肢はあったと思いますが、より会社全体を抜本的に変革していきたいと考え、今の形を選択しました。
小林: なるほど、その本丸の変革に欠かせないのがバイモーダル戦略であり、それを支えるのが「体験の力」や「HRTの原則」である、ということですね。
本丸の中にバイモーダルを持ち込んで、軋轢を乗り越えながら
変革を進めることが重要なのですね
小野: はい、実はバイモーダルはとても苦しいものなのです。摩擦や軋轢は避けられません。「心理的安全性」という言葉がよく使われますが、それは仲良しチームのことではなく、お互いに摩擦を恐れずに率直に発言できる環境のことです。そういう覚悟を持って、出島ではなく本丸で変革を進めることが、いま日本企業のDXに求められていると思います。
電通デジタル's EYE
小野さんの「出島ではなく本丸でDXをやり遂げる」という強い決意の裏に、ご自身の経験から生まれた「バイモーダルとHRTでやり切れるはずだ」という静かな自信を感じました。個人向け金融サービスの領域は、例えば米国でアップルの新サービスが話題になるなど、業界全体に及ぶ地殻変動はまだまだこれからと目されます。戦後の流通革新とともに成長し、その後の業界再編の波を乗り越えて現在に至るクレディセゾンが、本丸のDXによって日本の生活者にどのような価値を提示し、会社としてどのような軌道を描くのか。大いに期待したいと思います。(小林)
PROFILE
プロフィール
小林 大介
1996年電通国際情報サービス(ISID)入社。企業によるインターネットのビジネス活用の黎明期において、大手メーカーのECシステム構築などに携わる。2004年の電通イーマーケティングワン設立に参加し、同社取締役を経て、2016年に電通デジタルに合流、2021年より現職。トランスフォーメーション領域、グローバル部門、関西部門などを管掌。一般社団法人「UXインテリジェンス協会」の副理事長を務める。
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